編み物と卑屈

アラサー女性の生活と思考、そして時々心理学

単発バイトのすゝめ

基本的にインドア趣味な私ですが、最近珍しくアウトドアな趣味にはまっています。
その趣味というのが、題にもある通り、単発のアルバイトです。

 

最近は便利なもので、履歴書を送ることもなしに、アプリを使って隙間時間にアルバイトができるのですね。
本業がお休みの日に、大体一日3~5時間だけ働かせてもらっています。

これがなかなか楽しくて。
もう少しおこづかいがほしい、という理由もあって始めたのですが、
それ以上に、社会勉強の意味を込めて取り組んでいます。


バイトの内容は様々で、郵便物の仕分けをしたり、スーパーの品出しをしたり、お弁当の盛り付けをしたり……。
普段はできない作業が多いので、新鮮さが良い刺激になります。

 

最近では、家に郵便物が届くたびに「たくさんの人が仕分けをしてくれてるんだなぁ」「あの仕事楽しかったなぁ」、
スーパーでお弁当を見るたびに「これを盛りつけた人がいるんだなぁ」と思いを馳せるようになって、
なんだか人生の幅や深さが広がりました。


それに加えて、「私って黙々と取り組める作業が得意なんだなぁ」「案外体力があるんだなぁ」と、新しい自分の発見にもつながっています。
今ちょうど、本業をこのまま続けていくかどうかという迷いを抱えているところなので、こうやって横(いろいろな職業)にも縦(自分の好きなことや能力)にも理解を掘り下げられる機会が楽しいです。

 

と同時に、「これって、多くの人は学生時代に体験していることなんだろうなぁ」と思う自分もいます。

アラサーになって、今更堂々と「バイトにはまっています」と言うのも、なんだか恥ずかしい気がするぞ、と思う気持ちもあります。

 

大学生の私は、短期バイトをちらほらやっただけでした。それも苦痛で、責任をもって仕事をし、お金をもらうということが、なんだか恐ろしくてたまらなかったのです。

アルバイトを楽しむ友達に劣等感を抱えつつ、自分からは働こうとしないような、よくいる学生でした。
劣等感から目をそらすように、読書をしたり、院試の勉強に打ち込んで、

そして大学院卒業まで「学生」という身分に縋り付いていましたが、しぶしぶ社会にでて仕事を始めました。
社会人生活を続ける中で、プールの水がはじめは冷たくても段々慣れていくように、労働への鈍感さを身に着けていきました。代わりに、繊細さをある程度失った気がします。


その結果、休みの日まで、なぜかあれほど怖かったバイトをしている……。
こう考えると、この年になってバイトをする背景には、「学生時代のコンプレックスを埋め合わせようとしている」という原理があるのかもしれません。

あるいは、今でもまだ時折頭をもたげてくる、「働きたくない」という気持ちを打ち消そうとしているのかもしれません。


それから、これが一番大きいと思うのですが、単純に、単発バイトを気軽に申し込めることを知ったことも大きな理由でしょう。かなりやりやすいです。


継続前提のバイトに伴う、人間関係だの将来性だのあれやこれやの心配(ここはまだ克服できていません)がいらない。

「まあ数時間ならやってみるか」と思える。アプリ経由なので、エイヤッと勢いに任せてタップするだけで申し込める。

私の使っているアプリは労働終了後すぐにお給料が入るので、達成感も得やすいですし、単発&初心者前提なので、基本的な作業を丁寧に教えていただけるのもうれしいです。


このシステム、結構助けられてる方いるんじゃないかなぁ。

 

 

大学時代の私に教えてあげたいな、「ほら、一日数時間だけ働けるんだよ。とりあえずやってみれば、案外なんとかなるよ」って。
あの頃の私は、それでもやらないのだろうけど(笑)


今こうやって楽しんで働けているのだから、学生時代の私も、あれはあれでよかったのかな。

 

人生はわからないものですね。