本棚の中の町
小さな本棚を持っています。木目調の、回転式の本棚で、様々な背表紙が可愛く並んでいます。
本棚を見ていると、町のように思える時があります。
専門書や新書が並んだ区画は、ビジネスマンが知を集結させて奮闘する、ビル街のようなイメージです。
レシピ本や家事にまつわる本が並んだ区画は、帰ってきてほっと一息つける住宅街。
漫画や画集が並んだ、カルチャーを楽しめる場所もあります。
それから、私は推理小説やホラー小説が好きです。
そうした本が並んでいるところは、かつてのロンドンのような、霧の漂う、美しいレンガの建物が並ぶ風景をイメージします。
いつも私の心にノスタルジックな風をそっと吹き込んでくれる詩集たちが並ぶ棚は、空気の澄んだ公園のようなものです。
私は、本棚という形の私の町を持っています。
そして、いろいろな場所を行き来しながら、その雰囲気を楽しんでいます。
そして、私の町、もとい本棚の一区画。少し、ほかの場所とは雰囲気が違う場所があります。
死や自殺に関する本が詰められているコーナーです。
「死とは何か」「なぜ自殺するのか」「なぜ生きているのか」「生まれてこないほうがよかったのか」。
そんな背表紙が並ぶその一画は、重苦しい空気をまとっています。
家族やパートナーは、私が集めているこういう本を見ると、何とも言えない悲しそうな顔をします。
こういう本を集め出したのはいつからだったでしょう。
生きていくことの曖昧さに耐えられない脆弱な私は、こういう本に助けられてきました。
死に関する陰鬱な背表紙たちは、人々が暮らす町からは少し離れた、薄暗い、寂れた森のようなイメージです。
ここはあまり人気はないですし、長居する場所ではないかもしれません。
一度迷い込むとなかなか抜け出せませんし、暗く行先のない道ばかりで、途方もない気持ちになります。
でも、これは私にとっては必要な森です。
思う存分凍えることができて、思う存分怖がることができる森が、私には必要です。
町での生活に疲れた時、そっとこの森に入って、陰鬱な雰囲気をたっぷりと味わいます。
人間が自然の一部であることを忘れないように。
思索することを忘れないように。
日の光のあたたかさを忘れないように。
明るい日光の届かない、暗くて寂しいこの場所は、この場所にしかない癒やしを与えてくれます。
こうした不思議なバランスで、私の町は成り立っています。
今日もくるくると本棚を回して、そっと私の町を眺めるのでした。